
見た目が1,500キロはありそうな巨体を揺すり、ひとたびシェイピングベイに向かうと、芸妓が舞うようにヒラヒラ〜っと、ボードブランクスに曲線をつけていく。ゆったりとしていて、じつのところ目にも止まらない早業でコンケイブをつけていく。これは奥義を極めた匠文化財と直感した。シェイプが終わったボードにシェイプダストと呼ばれる粉を手に付けて、持たせてもらうと、ダンスミュージックが聴こえてきた。
「波の上でダンスを踊るのだぞ」
とは、全米チャンピオンだったハービー・フレッチャーが産んだ名セリフであるが、その彼は後で登場するネイザンの実父ということには、今は触れない。
彼のボードに乗ったサーファーの統一した感想があり、それは「マジックボードです、これ」とみんなが言う。かくいう私も1996年に彼のボードと出会い、それから現在に至るまでその感想を持ち続けている。
カリフォルニア州、サンクレメンテ。ここはコットンズ、アッパーズ、ローワーズ、チャーチという有名な4つのポイントブレイクを擁するトレッスルズの領土であり、さらにはサーファーマガジンがここで創刊し、その頃(1960)からサーフィン業界の首都として機能している小さな王国、いや街です。ここからジョン・セバーソンが立ち上がり、スティーブ・ペズマンやアート・ブルーワーと、サーフメディアの祖を創り上げた特異なるパワースポットがこのサンクレメンテです。
そのサンクレメンテ出身のシェイパー、コール・シムラー。マット・アーチボルドやディノ・アンディーノと同世代、しかも彼らのライバルとして、その名を馳せた少年時代。世界選手権ではアメリカチームの代表にも選ばれたことがあるサーファーということはあまり知られていない。巨漢と呼べる体を揺すってインディグラブ・エアやスラッシュを次々と決めていくコールを見ていると、波乗りは体型でなくウデなのだと実感する。
コールは2005年までは『ハンドシェイプのみ』という製作、生産スタイルだった。しかし、重なるオーダー、身一つ、という状況から半年はかかる納期だった。
サーフボードエージェントをしているので、この究極に近いコールシェイプにずっと目をつけてきたのだが、この生産数がネックでなかなか日本輸出まで踏み切れないでいた。NAKISURFがはじまり、やはり生産数が追いつかないことを改めて知り、2006年度よりコンピュータのプレシェイプ(最後の1時間はコールが削る)を導入して、ようやく生産ペースが上がったという経緯があるのです。
(その当時、その遅延に対してお詫びブログを書きました。その時に待って下さっていた方たちに感謝します。該当する方がこれを読んでいましたら、shop@nakisurf.comまで、当時オーダー中だったボードとお名前、ご住所をメールいただければ、NAKISURFの最新のステッカーセットを4年後のお詫びとしてプレゼントさせていただきます)
先ほどトッププロと書いたが、コールシェイプを愛するプロライダーは粒ぞろい。アンディ・アイアンズ、ブルース・アイアンズ、クリス・ワード、マット・アーチボルドにネイザン・フレッチャー。最近ではジョディ・スミスにネイト・イヨマンズ、ライアン・カールソン、そしてコロヘ・アンディーノ。
コロヘに到っては、彼のファーストボードからコールが削ってきたので、彼の活躍にコールも目を細める。(資金的な面でスポンサードはしなかったが)
これはもうかなり昔の話となるが、ネオクアッドを誕生させたのがこのコールだ。それは遡ること12年前で、当時のチームライダーであるネイザン・フレッチャーがローワーズやビーチブレイクはもちろん、10フィート、北西うねりのパイプラインをこのネオクアッド・ガン(ピストルの前身)で攻め続け、当時”クアッドフィン”という概念がなかった私たちを仰天させたことを思い出した。
現在は特定、いや独占チームライダーは厳選され、3Dエア師範のライアン・カールソンがそのコール&ネイザン・フレッチャー伝説の系譜を引き継いでいる。カールソンはサーフィンの滑走表現に縦回り、つまり波の斜面に対して90°角の空中技を取り入れたサーファーで、エアをしてヒネリを加えながらスピンし、さらには波の前方に回りながらメイクするというのを生で見ると、サーフィング界のシルク・ドゥ・ソレイユか!?とドキリとさせられてしまう天才サーファーなのであります。
ただ、トム・カレンに代表されるカービングサーフィングが大好きなコール。その旗艦チームライダーに空中戦の達人なの!?と少し疑問に思い、それをコールに尋ねると、
「カービングは俺もできるし、昔からそういうボードを作ってきた。けど、エアリアルというのはある意味特殊で、小さな斜面を使って最速にしなくてはならないし、ノーズからテイルまでボードを使用するから、(サーフ)ボードシェイプのテストパイロットとしては最適なんだよね」
と、納得の回答を得た。
ライアン以外のトッププロは通常ボードメーカーからサーフボードを支給され、なおかつ給料までもらっている。しかしこのコールボードに関しては、そんな人たちでさえ自腹でコールからサーフボードを購入している事実。コールはトッププロからのフィードバックで、サーフボードを極限までチューニングしている理想の形態を持った技術者なのです。
これも前の話になるが、記憶の彼方にいかないようにここに留めておきたい。
ブルース・アイアンズがパイプラインのコンテストと、ローワー・トレッスルズのエクスプレッション・セッションでコールボードを使って優勝した際には、コールに、
「無給でいいからサーフボードを常時供給して欲しい」
と電話をかけてきた。宮本武蔵クラスの剣豪であるブルースなので、コールはかなり迷ったが、彼にボードを供給するとなると年間30〜40本となるだろう。ボード材料だけで年間200万円がかかってしまう。しかも他のボードにかける時間も少なくなってしまうということで「NO」とお互い涙を飲んだ。逆にそのコールのボード供給薄、遅延から嫌気をあらわにしたのがマット・アーチボルドで、
「こんなに待っても俺に板を削らないならもうコールには乗らないぜ」
とボイコットした。だが、今はその怒りも解けたのか、また乗っている。
コールは今年に生涯シェイプ本数20,000本を達成、今なおハンドシェイプにこだわり、自身の許したマスターピースのみをAVISOやハイドロフレックス、そしてフレックスライトのみに供給している。
彼がそれらマスターピースをシェイプするのはやはり制限があり、例えば元世界チャンピオンのアンディが7本オーダーしてきても2本のみ手渡しするという少数完璧主義者を貫いているのも誇らしい事実なのであります。
特筆すべきことは、冒頭にも書いたが、コール・サーフボードにおけるマジックボードの割合が異常に高く、通常は100本に1本、トップシェイパーで10本に1本混在するとされる個体が彼の場合はほぼ全体にも達している。そのずば抜けたマジックボード高含有率は、トッププロの誰もが認めるところだが、これは彼が優れたサーファー/クラフトマンによるところは大きいのだろう。私が表現するときは、
「天才」
というワンワードだけとしているが、それは心の声なのであります。
コールと話をしてみると、レイルやロッカー、ボトムコントゥアーには超一流のみが知りうるデリケートなタッチを展開している。制作してサインをする全てのボードにコール風味を削りこみ、愛をこめた妥協のない姿勢で今日もシェイピングベイに向かっています。
サーフボード業界の超名匠、ポリエスター時代の達人は、新時代へのアジャストメントへも成功し、”波を滑る電流” と呼ばれるコール伝統のHPS-V12をはじめ、現在はグラスホッパー、BDシリーズと後世に受け継がれる美術館展示品級のデザインも完成させ、日本の小波に着目して、もうすぐそれをリサーチしに来日します。
NAKISURFは私とコールとの長い交際を活かしたコール・サーフボードの世界唯一の独占的な取扱い店となります。独占という言葉は好きではないが、なんとなくうれしいので使わせていただきました。彼の「世界最速」、「滑走の真髄」、そして「マジック」と呼ばれる乗り味をどうぞお試しください。(船木、2010/09)
